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宮司のいい話

No.229

人間の身体の不思議

 私は耳が少し遠くなってきたので、補聴器をつけています。以前は、近くの人の声は大きく、遠くにいる人の声は小さく聞こえていたのですが、補聴器をつけていると、遠くの声も近くの声も同じように聞こえます。
 こういった経験をして、人間の身体とはつくづくうまくできているものだと感心しました。人は何か不自由を感じた場合に、人間の身体の素晴らしさを感じるのでしょう。
 例えば、脳には無数のしわがありますが、いったい何のためにあるのでしょう。
 今から約四百万年前に、直立二足歩行をするヒト属が出現したと言われています。その後さまざまな進化をとげますが、その進化に合わせてヒトの脳も発達して大きくなっていくのです。
 脳が大きくなれば、それだけ進化が進むのですが、ヒトは母親の胎内から産道を通って生まれてくるため、大きくなる脳を効率的に頭蓋骨の中に収納し、産道を通れる大きさにする必要があります。そこで、脳にしわを作り、大きさは抑えつつ表面積を拡大することで、ヒトは巨大化する脳をコンパクトに効率よく収めることに成功しました。この大脳皮質に刻まれたしわを広げると、約二千二百平方センチメートルになるそうです。新聞紙なら大きく広げて一枚分の大きさです。これだけの大きさの面積を頭蓋骨の中に収めなければならないので、脳にはたくさんのしわが作られているのです。
 また脳細胞は、一日に十万個も死滅していると言われています。
 脳の中には約百四十億個の神経細胞がありますが、脳神経細胞は生まれた時から増えることはありません。普通の細胞は、新陳代謝などで絶えず新しく作られていますが、脳神経細胞は減る一方なのです。人により時期は異なりますが、二十歳前後から徐々に減り始めるようです。
 例えば、一日十五万個の脳神経細胞が死滅すると仮定した場合、六十歳までの四十年間に二十二億個が失われる計算になります。つまり、脳全体の十五パーセントが四十年間で失われるのです。
 しかし、十五パーセント失われた脳の働きが、その分衰えるかというと、そうでもないのです。多少の物忘れなどはあっても、最近の六十代というのはまだまだ元気です。
 なぜなら、脳内で大切なのは脳神経細胞の数ではなく、神経細胞が構築するさまざまな情報のネットワークなのです。
 個々の細胞が死滅したとしても、途切れたネットワークが別の経路でつながっていれば、脳機能として問題はないそうです。脳内のネットワークはいくらでも修復可能で、ある神経細胞が死滅しても、別の神経細胞に回路が接続されて、それまでと変わらない機能を維持することができると言われています。
 想像力や判断力をコントロールしているのは、額の奥に位置している前頭葉という大脳の一部分です。この前頭葉は、頭を使えば使うほど、年齢に関係なく神経回路が増え続けると言われています。年齢と共に体力や記憶力は徐々に衰えていきますが、判断力や想像力は、前頭葉を活用し続けることができれば、衰えることはないのです。
 一説では、記憶力については二十代がピークと言われていますが、判断力については七十代がピークと言われています。
 ですから、「年寄りの言うことは聞け」というのも、あながち間違いではないのです。
 しかし、七十代がピークと言われる前頭葉のネットワークも、使わないでいると、消滅してしまいます。
 では、前頭葉使わない状況とは、どうゆうことでしょう。
 例えば、自分で結論を出さずに人任せにしてしまう状況では、頭を使って考えることはありません。また、絵や文章を書いたり、料理や物を作ることに興味を示さなかったり、何も考えずにのんびりだらだら生きている人などは、前頭葉を使っていないことになります。
 そのような人たちは、前頭葉のネットワークがどんどん消滅して、年を重ねても判断力が身についていない年寄りとなってしまうのです。
 ですから、脳を活性化するためには、ものを考えたり、作ったりすることが重要なのです。
 また、血液は絶えず私たちの身体を循環しています。血液が人間の身体を一周する時間を調べた研究結果によると、約二十秒から五十秒とのことです。
 体中に張りめぐらされている血管と、髪の毛よりも細い毛細血管をすべてつなぎ合わせたら、何と、十万キロメートルという長さになるそうです。大きすぎても想像もつかない数字ですが、地球を約二周半する長さになります。
 一般に、血液の量は体重の約七パーセント程度と言われています。ですから、体重が六十キロの人は、四・二リットルの血液が絶えず身体を循環していることになります。
 人の身体を作っている骨は、大きなものから小さなものまで全て数えると、二百六個です。不思議なことに、生まれたばかりの新生児の骨は三百五十個で、成人の数よりも多いのです。成長するに従って、一部が融合するなどして、二百六個という数に落ち着くのです。
 ちなみに頭蓋骨は二十三個の骨でできており、腕は六十四個、足は六十二個でできていて、背骨は二十六個の骨が重なって形作られています。
 このように、人間の身体は一つ一つが絶妙なバランスの上に成り立っていて、とてもうまく組み合わさっているものなのです。
 人間の身体は「小宇宙」とも言われています。ですから、人間の身体を知るということは、それを育んだ大宇宙の神秘に触れるということにもつながるのです。

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